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2014年01月15日(Wed)

脱原発系デモ情報拡散「国語について」

全然デモ情報拡散してなくてすみません。リツイートはするのでツイッターで情報はどんどんください。

1月5日に開催された「平成生まれの減らず口会議」(http://heiseikaigi.tumblr.com/)を傍聴してきました。

全体のレポートは、鈴木博喜さんのブログ「民の声新聞」の以下の記事をご覧ください。
『デモ行進って意味がある? 東京で被曝?〜平成生まれ≠ェ語る「デモ」「教育」「被曝」』
http://tiny.cc/t3ho9w

当日生中継されたユーストリームは、会場の「高円寺パンディット」さんの公式チャンネルで今も見られます。3時間ありますが、パネルとかはないので音だけ聴いても充分楽しめます。
http://tiny.cc/m2ho9w


この会議は、別に脱原発がメインテーマではないし、今回取り上げるテーマもうちのブログからは少し脱線しますが、これで何かが少しでも動いたらいいな、という思いを込めて書きます。

私は議題の一つをピックアップしてみました。
会議の中盤で出てきた「国語」の問題です。私も気になっていること。

国語の文章題でよくある、「登場人物の気持ち」を答える問題で、ある一つの答えが用意されていることに対する疑問でした。この議題を出した人は、自分が答えたものが間違いとされたが「そんなのわからないじゃないですか」と食い下がったそうです。

1987年に書かれた清水義範さんの短編「国語入試問題必勝法」が、テレビでも紹介されるなど少し話題になったのですが、まさにこれに書かれている問題に通じるものがあります。

国語入試問題必勝法 (講談社文庫)

この短編では、国語が苦手な生徒が家庭教師に国語の文章題の解き方を教わるのですが、それが国語の試験の問題点をそのまま表してるようなものなのです。作者を知っている人は想像できると思いますが、社会の問題を厳しく訴えるようなものではなく、はっきり言ってお笑いなのですが、作者が「虚構」だと言うこの必勝法通りにやると本当にいい点が取れそうです。

このように、国語試験の問題点は今に始まったことではないのですが、私はこのことを忘れていて、最近言葉が伝わらない人が多いと強く感じていることと繋がっていなかったんです。

*

国語の文章題とは、小説などのほんの一部を読んで次の問いに答えよ、というあれです。学校で実施される国語の試験は、漢字テスト以外は大抵この形式でした。
みなさん、どのように解いていましたか?まず文章をじっくり読んでから答えていた人ってどの程度いるんでしょうか。まあ文章を先に読もうが問題を先に読もうが問題点は何も変わりません。小説のほんの一部を読んで何を理解しろと言うのか。それなら長い小説を書かなくていいじゃないか、というのはよく言われていることですね。減らず口会議でも出ました。

でも試験である以上、答えが用意されています。

その答えは誰が作ったかというと、出題者です。小説の作者ではありません。

解答者が試験においてしなければならないことは、出題者の意図を読み取ることです。出題者が「どう答えさせようとしているか」を読み取るのです。これは皮肉でもなんでもなく、そういう構造になっているのが国語の文章題です。

つまり、試験で良い点を取れるのは、小説の読解力のある人ではなく「出題者が期待した通りの答えを導き出せる人」ということになります。

はたしてこれは「国語」の能力なのでしょうか?
*

これと似た光景をテレビでよく見ます。
例えばインタビュー。インタビュアーは完全に言わせたいことを決めてかかっています。特にスポーツ選手だと、今はオリンピックが近づいてることで、なんとしても「金メダル」と言わせたくてしょうがないのが見え見えです。
このようなインタビューでは答えたくない人も出てきますが、そういう人は「インタビューぎらい」と言われます。態度が悪いと言って怒り出す人もいれば「誰の金でオリンピック行けると思ってんだ!」とか言う人まで出てきます。

ドキュメンタリー番組もたまに問題が起きますね。取材された人が暴露しています。
ドキュメンタリーというのは、実際に起きていることを収録するものですが、事前に狙いを決めていったりします。それは別にいいのですが、狙いと事実が違う場合に、収録側の狙い、つまり台本通りに答えてもらおうとするのです。報道と同様にドキュメンタリーでも、素材は全て事実でも言葉じりをうまく利用したり切り取る部分を考えたりして制作者の意図した通りに伝わるように編集するのはよくあります。これはギリギリ捏造とは言えないかもしれませんが、伝わる事実はねじ曲がります。全く逆の意味の発言に受け取れるような切り方も、日本語では簡単です。
しかし中には「こう言ってください」とか「これじゃ使えないので」とか言うこともあるそうです。それはもう事実に制作者の意図が介入してしまっています。そんなのドキュメンタリーじゃない。言われた通りにしなかったらめんどくさい人扱いされたりします。宣伝になるんだから協力しろ、という態度の場合も…

他にもこのようなことが山ほどあります。
「何かを言わせたい人」と、それを「くみ取って言う人」がいる場合に、世の中はスムーズに動くようにできていて、くみ取れなかったり、従わなかったりすると摩擦が起こります。

「何かを言わせたい人」が主導してるということですね。

こういうことが小学校から教育されているわけなんだな〜、と問題の深刻さを再確認したところです。

posted by 脱原発系管理人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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