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2014年05月12日(Mon)

「自由には責任が伴う」という言葉の意味を「美味しんぼ」から考える。

久しぶりの更新なのにデモとはあまり関係ありませんが、美味しんぼに関連してちょっと。

漫画、「美味しんぼ」の鼻血の話についての批判でよく使われている言葉があります。

「自由には責任が伴う」

最近、「権利には義務が伴う」とか「積極的平和主義」とか、本来の意味とは違った使い方をされている言葉が多いですが、さて、この「自由には責任が伴う」とはどういう意味なんでしょうか。

調べてみましたが、いつ、誰が言ったなどの資料は見当たりませんでした。よって、本来どういうつもりで言われた言葉かは今のところ私にはわかりませんので、考えてみました。

よく、例に出されるのがこれです。

「赤信号なのに自由だと言って交差点に進入したら、事故を起こして他者に迷惑がかかるのでしてはならない。だから、そのようなことをしてはならない」

という感じですね。

さて、これが自由に伴う責任なんでしょうか。

非常に気になるポイントがあります。

「してはならない」と言っちゃってます。その時点でそれは自由ではないです。

つまりこれは、公道で交通ルールに従わないという自由は認められていないということを示したに過ぎません。自由が制限されている場所でルールを逸脱して自由に過ごすこと自体に問題があって、それは自由に伴う責任とは全く関係ありません。なにしろ自由ではないんですから。

自由に伴う責任を説明するのに、自由が認められていない環境を例に出すのは完全に間違っています。

この論理を正解としたら、例えば「自分の部屋で何の予定もない日にゆっくり読書をする」という自由にはどんな責任が伴うのでしょうか。私は特に思いつきません。

つまり、これだと責任が伴わない自由もあることになりますので、言葉の意味と合いません。

*

では、改めて考え直してみましょう。
「自由には責任が伴う」というのはどういうことでしょうか。

美味しんぼを例にとってみます。

「自由には責任が伴う」という言葉を根拠に叩く人の論理は、「だから書いてはならないことがある」となっています。これは前述のとおり、自由に書いてはならないということになり、自由に伴う責任とは違います。批判するなら、「そんな自由は許さない」と言うべきことです。

私はこう考えます。

原作者の雁屋哲さんが自らの意思で書いたストーリーに対しての批判は、雁屋さん自身に向けて送られたものであり、その批判を納得するしないは別として、受けざるを得ないことが、あのストーリーを書いて発表したことに伴う責任です。
これを受けないための行動をとるなら、例えば「私は自由にやる権利があるので、批判は一切認めません」ということになりますが、たとえそれで暴力などによって批判を口に出せないような状況を完璧に作りだしたとしても、批判的に思う心の中までは変えられない。自分の耳に入ってこなくても、批判的に思われてるという事実は消えない。だから、自由に伴う責任は、責任があるとか守りなさいとかいう以前に、自然に発生して誰にも変えられないことなのです。

以上を踏まえて、上に例を出した「自分の部屋で何の予定もない日にゆっくり読書をする」という行為に伴う責任とはなんでしょうか。
その日に外に出なかったことによって運動不足になるとか、電気代がかかるとか、そのような考えられるあらゆる影響を自分が受けざるを得ない、回避できないということが、この行為に伴う責任ということになります。

もしも、「表現の自由があるから私の表現は阻害されてはならない。よって、あなたがたは私を批判してはならない」と言ってる人がいたら「自由には責任が伴う」と言ってあげましょう。選挙演説に反対プラカードを持って立ってる人を強制的に排除する政党なんかに言ってあげるのが適切だと思います。


この言葉について、私なりに答えを出してみました。何かありましたら是非ご意見をくださいませ。

posted by 脱原発系管理人 at 23:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ついでと言ってはなんですが、こちらにも書き込ませていただきます。

わかりやすい例を言いましょう。

ヤクザが抗争で大ケガをしました。医者は治療をしなくていいでしょうか?
不特定多数の異性と性交渉をした人がエイズになりました。医者は治療しなくていいでしょうか?
冬山登山にチャレンジした人が遭難しました。捜索しなくていいでしょうか?

もうおわかりだと思います。
ヤクザになるのは悪いことです。
不特定多数と性交渉をするのも相当に良くないでしょう。
冬山登山は天候によっては悪いことになります。
だからと言って治療や捜索をしなくていいとはなりえないでしょう。
個人の道徳の問題と国や社会が負うべき義務の問題がごっちゃになっているんです。

最近起こった例でいえば都議会で女性都議がセクハラ・女性差別ヤジを受けました。
その女性都議は男性遍歴が相当に自由奔放だったそうです。
だからと言って議会でどんなセクハラヤジを受けても自業自得だとなりますか?
自民党のネットサポーターと言われる人々が必死になってこの女性都議の過去を詮索して口汚くヤジられるだけの人間だったんだということにしようとしていますが、こんなことは問題外でしょう。

私の記憶では「自由には責任が伴う」的なことを最初に言ったのは、2003年のイラク戦争の折に日本政府がイラク渡航を自粛するように呼びかけたときに、当時の小泉首相がそれでもイラクに行くのは自己責任という趣旨で言ったのが最初のような気がします。
どのような事情があるにせよ、海外で事件に巻き込まれている人を救うのは国の義務と言えます。
それを自業自得だから助けなくていいというように当時の日本政府が世論誘導したのかも知れませんね。
ちなみにここの記事が大変参考になります。

日本でようやく放映されたファルージャの先天奇形と現地で活躍する日本人女性(高遠氏)tp://onodekita.sblo.jp/article/64674243.html

今いちばんホットな話題では北朝鮮に拉致された人々を救い出す問題があります。
最近では拉致被害者を取り戻すことが愛国心の証みたいになっていますが、これも国の義務だからやるべきことの一つです。
しかし、考えてみてください。
イラクに行って襲われた人は自業自得だから救わなくてもよくて、北朝鮮に拉致された人はどうしても救わなくてはならないというのは、おかしくないですか。
あえて暴論を言えば、敵国に襲われかねない日本海側なんかに住んでいるから自業自得だろうと言えなくはないですか。
もし、今の安倍政権が拉致被害者を見捨てる方針でいくなら、自民党のネットサポーターはこれくらいの世論工作はやりそうですね。
さきほどのセクハラヤジの話題で言えば、強姦された女性に対して暗い夜道を一人で歩いていたから自業自得だなどとヤジる男性議員もかつていたそうです。
時の権力の政策の正当化のために個人の道徳の問題にすりかえているんです。
これくらいいい加減な話なんです。
「自己責任だ!」と言いつつ時の権力に有利に世論を誘導しているだけです。

美味しんぼ騒動も同じ構造ですよ。
今の安倍政権に不利な内容だからバッシングされたんです。
それだけのことです。
御用学者とネットで叩かれた人たちがここぞとばかりに風評被害を招くと言って美味しんぼと雁屋氏をバッシングしました。
あの手の御用学者の口癖は「放射能を正しく恐れよ」「冷静に科学的に議論せよ」でした。
その手の立派な物言いがすべて欺瞞だったことを明らかにしたのが福島第一原発の事故でした。

一時的に感情的に扇情的に無意味に噴き上がっただけなんで美味しんぼ騒動の風化も早いですね。
後に残るのは放射能被曝で今も苦しみ悩む人たちだけです。

長文失礼しました。
Posted by tomo at 2014年07月07日 06:11
■tomoさんへ

コメントありがとうございます。

>わかりやすい例を言いましょう。

すみません、話が少しずれてる気がします。
医者が治療するのは義務ですか?職業である以上、対価をもらって初めて義務が発生するのではないかと思っています。自由に伴う責任という話ではないのではないでしょうか?

>ヤクザになるのは悪いことです。

ヤクザになるのが悪いことなら、何も事件を起こさなくても逮捕しなきゃなりませんね…

>不特定多数と性交渉をするのも相当に良くないでしょう。

これは印象の問題でしょう。

>冬山登山は天候によっては悪いことになります。

これも印象の問題かな。立ち入り禁止とかでなければ。登山の詳しい事情は知りませんが。

>だからと言って治療や捜索をしなくていいとはなりえないでしょう。

治療にも捜索にもお金がかかっていますね。ヘリコプターなんか結構取られるらしいですよ。警察が徒歩で捜索する場合は無料なのかな?あとは地元のボランティアかな。

>個人の道徳の問題と国や社会が負うべき義務の問題がごっちゃになっているんです。

そうですね。しかし、国が負うべ義務というのは、自由に伴う義務というわけじゃないと思います。

>最近起こった例でいえば都議会で女性都議がセクハラ・女性差別ヤジを受けました。
その女性都議は男性遍歴が相当に自由奔放だったそうです。
だからと言って議会でどんなセクハラヤジを受けても自業自得だとなりますか?

別問題ですね。仮に、それが理由で野次を受けたのだとしたら、受けたことに関しては自業自得とは言えます。かと言って野次を言って良いということにはなりません。

>自民党のネットサポーターと言われる人々が必死になってこの女性都議の過去を詮索して口汚くヤジられるだけの人間だったんだということにしようとしていますが、こんなことは問題外でしょう。

よほどの清廉潔白な人たちなんでしょうね…

>私の記憶では「自由には責任が伴う」的なことを最初に言ったのは、2003年のイラク戦争の折に日本政府がイラク渡航を自粛するように呼びかけたときに、当時の小泉首相がそれでもイラクに行くのは自己責任という趣旨で言ったのが最初のような気がします。

なるほど。話題になりましたね。
自己責任という言葉が出たのは拉致事件が発生した後だったと記憶しています。

>日本でようやく放映されたファルージャの先天奇形と現地で活躍する日本人女性(高遠氏)tp://onodekita.sblo.jp/article/64674243.html

ありがとうございます。こんな番組が放送されていたのですか…

>イラクに行って襲われた人は自業自得だから救わなくてもよくて、北朝鮮に拉致された人はどうしても救わなくてはならないというのは、おかしくないですか。
あえて暴論を言えば、敵国に襲われかねない日本海側なんかに住んでいるから自業自得だろうと言えなくはないですか。

確かに暴論ですね。本人の意思という意味では全く違う事件ですからね。

>もし、今の安倍政権が拉致被害者を見捨てる方針でいくなら、自民党のネットサポーターはこれくらいの世論工作はやりそうですね。

多分、自作自演という線で行くでしょう。あるいは拉致されたのも朝鮮人だとか言ってみたり。
面白いのは(面白くないけど…)、彼らの言う「真実」というのが、人によって違うことです。

>さきほどのセクハラヤジの話題で言えば、強姦された女性に対して暗い夜道を一人で歩いていたから自業自得だなどとヤジる男性議員もかつていたそうです。

一般的によくいます。いじめについても、いじめられる側に責任があるとよくいいます。

「襲う人がいるから自己防衛しなさい」ということと「襲われたら自己責任」というのが混同されてるように思います。

>時の権力の政策の正当化のために個人の道徳の問題にすりかえているんです。

なんかそれ以前の話な気がします…

>美味しんぼ騒動も同じ構造ですよ。
今の安倍政権に不利な内容だからバッシングされたんです。
それだけのことです。

まあそれはそうかもしれませんが…
これも批判する人がそれぞれ言い分が違うんですよね。
「鼻血するほどの被曝はありえない」「鼻血は増えてない」「風評被害によるストレスが原因だ」「事実だから書いていいということではない」などなど…

>あの手の御用学者の口癖は「放射能を正しく恐れよ」「冷静に科学的に議論せよ」でした。

過去にも遺伝子組み換えについて美味しんぼを訴えたことのある唐木英明氏によると「鼻血は放射線の物理的な影響でなく、『放射能恐怖症』のためという科学的事実」だそうです。いつどこでそんな証明をしたのだろうか。

>その手の立派な物言いがすべて欺瞞だったことを明らかにしたのが福島第一原発の事故でした。

まだ明らかになっていないんですよね。世間的には。

>長文失礼しました。

いえいえ。今までやってきた他のブログではいつも長文コメントがついたもので、楽しみにしています。
Posted by 脱原発系管理人 at 2014年07月08日 23:25
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